2021年9月6日月曜日

「オッドタクシーと落語」

大石です。

アニメーターのくせに全然アニメを見ない私ですが、オッドタクシーは久しぶりに面白かった。
一見ゆるそうな作品かと思いきや、脚本がとても緻密に構成されている。
私は特に軽妙な語り口に魅力を感じました。
この感じ、何かに似ている…なんか、落語っぽい?!

オッドタクシーに出て来る登場人物は、私たちと変わらない日常を送る市井の人々ばかり。
それぞれが身近にありそうな失敗や不幸にもがいていて、観客側はそんな姿に共感しつつも笑いを誘われる。
起きている事件は深刻であっても、その時の人々の振る舞いをドライに描き、その距離感によって絶妙な滑稽さを醸し出している。
この普通の人々への愛情のある視点と、突き放した粋さの共存が落語っぽいのである。

「らくだ」という落語があって、ご存じなければどこかで聞いてみて頂きたいのだが、雑に説明すると、「らくだ」という仇名の嫌われ者が急死して、その死がいかに雑に扱われるかを面白おかしく聞かせる噺だ。
こうやって説明するとどこが面白いのかさっぱり伝わらないとは思うが、私はオッドタクシーからこの落語を連想したのだった。

「らくだ」に限らず、落語における死生観の雑さは実に興味深い。
時代を少し遡れば、人は簡単に死ぬし、死んだ人たちはすぐ側にいる、という認識だったのだろう。
「粗忽長屋」では自分の死体を自分で運ぶ、という粗忽にも程がある行為が平然と行われる。
死は事件ではなく日常だった。

オッドタクシーを落語の感覚で見ていたため、ハードボイルドという印象は特に持たなかった。
総じて「犯罪」に分類される行為も、人の振る舞いの延長線として「日常」と並列に描かれていたように思う。
ラストの落としどころも、軽い「下げ」で終わる落語のようで粋さを感じた。
「落語とは人間の業を肯定するもの」という談志師匠の名言を、私はオッドタクシーに見たのだった。